Otona no Kadaitosho

2019.12.7

便利なこと

東京に来てから、初めて迎える師走。
 
当たり前だけど、年越しも正月の帰省も初めてなので、
「年末年始の新幹線チケットは事前予約があるらしい」
ということもつい最近教えてもらって初めて知りました。
気づいた時には、もう事前予約なんぞはとうに終わっていて、
今日新幹線の予約アプリを開いたら、ほぼバツ印。
こんなに熾烈な戦いだったのか!と戦後の荒野に佇む・・・
 
 
しかし、スマホのアプリで空席状況がわかったり、予約できたり、なんだか便利になりましたね。
列車の変更だって昔はみどりの窓口の長蛇の列に並ばなきゃならなかったでしょ。
便利だな~と感じます。
 
コンビニとかで使うスマホ決済アプリとかも、知らないうちにだいぶ進化しているみたいで、
決済アプリでお会計するとちょっとお安くなったりするんだとか?(あまりまだよくわかってない笑)
情報弱者はこうやって損をするんだなあとしみじみと思ったりします。
 
 
こないだ、テレビの情報番組で、
「SNSで出会った人と実際に会ってもいいと思うか」というアンケートに対し、
「いいと思う」と言った中高生が60%もいるという結果に、
スタジオにいる大人たちは皆騒然とし、眉を潜めていた。
 
色々事件が報道されているから、きっと親の立場になるとこういうの見たら怖くなっちゃうんだろな~て、
子供いないながらも気の毒になりました。
 
子供は無垢でなんにも知らない存在だ!規制して、守らなくては!とどうしても思ってしますよね。
 
でもその気持ちが分かる反面・・・
もはや我々は旧式な人間で、この便利さ、ライトさに順応できてないのは、
実は私達世代なんじゃないかなってふと思ったりもします。
本当はこれからの子供たちの方が現代社会をもっと軽快に生きてるんじゃないかなって。
「SNSを通じて見知らぬ人と合う」のがいいかどうかは置いといてですよ。
 
 
なんでも便利で、簡単に思い通りになって、安々と境界線を超える事ができることを、
私なんかはすごく怖いって感じてしまうんですけども。
ちょっとスマホを操作すればほしい情報が手に入って、全部省いてスマートにして、
なんかこんなに1+1=2になることがあらかじめ分かってるみたいな世界で大丈夫なのかな?
っていつも不安に感じてしまうんです。
でも、その考え方すら実はただの固執なのかもなって最近は少し思うようになりました。
 
もしかすると新式は、2になることが分かっているからこそ、
「1」や「=」の間隙や過程をもっと大事にできたりするのかもしれません、、、しらんけど。
新式と旧式、便利なことと便利じゃないこと、どちらがいいとは思いません。
ただ、ああ、便利になったな、
私って古い人間だなと思うだけ。
でもまあ、分かってないことを闇雲に否定したり、
自分の価値観で他人を操作したりしない大人でいようと思います。
 
だれしも自分と他人との違いに目を伏せがちだから。
大事なものを守りたいなら、暗闇に目を凝らすしかない。
 
今日は自戒も込めまして。